「親が元気なうちに、家族信託をしておきたいのですが」
ご相談の場で、こういったお話をいただくことがあります。
最近は「家族信託」という言葉がずいぶん広まりました。セミナーや書籍で「認知症対策には家族信託」「財産を守るなら信託」という話を聞いてきた、という方が相談に来られることも増えています。成年後見には「費用がかかる」「家族が自由に動けなくなる」といったイメージがあり、信託の方が良さそうに聞こえる——そういう方も多いと感じます。
ところが実際にお話を聞いてみると、信託ではなく任意後見で十分なケース、あるいはそもそも信託を組む必要がないケースが、決して少なくありません。
どちらがお得か、という話ではないのです。ご本人の状態や財産の内容によって、適した制度はそれぞれ違います。
まず「後見」には2種類あります
「後見」という言葉には、実は2つの異なる制度が含まれています。最初にここを整理しておかないと、話がわかりにくくなりますので、先にご説明します。
ひとつは任意後見です。これは、判断能力がまだしっかりしているうちに、「将来、自分の判断能力が低下したときに備えて、信頼できる人に財産管理などをお願いしておく」という契約です。本人が自分で後見人を選び、代理権の範囲も自分で決めて締結します。不動産の売却・預貯金の管理・施設入所の手続きなど、必要な代理権を幅広く盛り込むことができます。
もうひとつは法定後見です。こちらは、すでに判断能力が低下してしまった後に、家庭裁判所に申立てをして後見人を選任してもらう手続きです。契約ではなく、裁判所の審判によって始まります。
この2つは名前に「後見」とついていますが、まったく性格が異なります。
そして家族信託は、判断能力があるうちに、信頼できる家族に財産の管理・処分を託す契約です。
整理するとこうなります。
・判断能力がある → 任意後見(契約)または家族信託(契約)を選べる
・判断能力が低下している → 法定後見(裁判所への申立て)しか選べない
任意後見も家族信託も、契約が必要です
任意後見も家族信託も、契約です。
契約には、内容を聞いて理解できる力——意思能力が必要です。認知症が進んでしまった後では、新たに締結することはできません。
契約に必要な意思能力とは、弁護士のように細かく条文を読みこなすことではありません。専門家が説明したことを聞いて、「これはどういう意味ですか」と質問でき、説明を受けてわかった、という状態であれば十分です。大事なのは、自分が何をお願いしているかが伝わっているかどうかです。
この違いを知らずにいると、「信託にしようと思っていたのに、もうできない状態になっていた」ということが起こります。実際に、そういったご相談を受けることがあります。
任意後見で十分なケースが、意外と多いです
「家族に財産を自由に管理してほしい」という動機で信託を検討される方も多いのですが、任意後見でも代理権の範囲を広く設定すれば、実質的に同じことができます。「いざというときに家族が動ける状態にしておきたい」という目的であれば、複雑な信託の設計をしなくても、任意後見で十分対応できるケースがほとんどです。
家族信託が本当に必要になるのは、たとえば次のような場合です。
・認知症になった後も、裁判所の監督なしに家族が自由に財産を動かし続けたい
・二次相続・三次相続まで財産の行き先をあらかじめ設計しておきたい
・障がいのある子の将来のために、長期にわたって財産を管理し続けたい
これらに当てはまらない場合は、まず任意後見を検討してみることをおすすめします。
「信託を考えている」と来られた方が、任意後見で落ち着いたケース
先日、こんなご相談がありました。
お母様が高齢になってきたので、もしものときに備えて家族信託を考えている、とご相談に来られました。預貯金はそれなりにあり、不動産は自宅のみ。「もし母が施設に入ることになったら、自宅を売らなければならないかもしれない。そのときに備えて、家族が動けるようにしておきたい」というお話でした。
気持ちはよくわかります。いざというときに不動産を売れない、お金が動かせない——そういう事態を避けたいというのは、ごく自然な心配です。
ただ、お話を詳しく伺っていくと、お母様はまだ判断能力がしっかりしておられ、信頼できるご家族もいる状況でした。この場合、わざわざ複雑な信託の設計をしなくても、任意後見契約に不動産売却・預貯金管理などの代理権を幅広く盛り込むことで、必要な場面にきちんと対応できます。
結果として、任意後見契約を結ぶ方向で進むことになりました。
信託は、うまく設計すれば柔軟で強力な仕組みです。ただ、それが必要かどうかはケースによります。「信託にしなければ」と思い込まずに、まず状況を整理してみることが大切です。
判断能力の状態で、選べる制度が変わります
ご本人の状態によって、選べる制度が変わります。大きく3つの段階で考えるとわかりやすいです。
説明を受けて、意味がわかる状態
任意後見も家族信託も、まだ選択肢に入ります。「認知症が少し心配になってきた」という段階であれば、今のうちに準備を始めることができます。
ただし、「よくわからないけれど家族に任せる」という状態のまま契約を進めてしまうと、後のトラブルにつながる場合があります。わからないことを遠慮なく聞ける環境で進めることが大切です。
説明を受けてもなかなか理解が難しくなってきた状態
会話や日常生活はできても、手続きの説明を聞いてもなかなか頭に入らない、同じことを何度も聞いてしまう——そういう状態です。
この場合、新たに任意後見や家族信託を締結することは難しくなります。成年後見制度の保佐または補助という類型が向いています。
保佐は、不動産売買や借金など重要な法律行為に保佐人の同意が必要になる制度です。補助は、特定の行為だけをサポートする、より軽い類型です。どちらになるかは、ご本人やご家族が申立ての際に類型を選びますが、最終的には医師の診断書(または鑑定)をもとに家庭裁判所が判断します。
日常の基本的な行動も難しくなってきた状態
この段階では、任意後見も家族信託も、新たに始めることはできません。法定後見(後見類型)の申立てへ進む必要があります。
家庭裁判所が選任した後見人が、財産管理と身上監護(生活・医療・施設に関する手続き)を担います。
財産の内容によっても、向き不向きが変わります
収益不動産(賃貸物件など)をお持ちの場合、家族信託は特に慎重に考える必要があります。不動産を信託に入れると、その物件で損失が出ても他の所得と相殺できなくなります(損益通算の禁止)。税務上の影響を税理士に確認しないまま進めると、思わぬ負担が生じることがあります。
収益不動産がある場合は特に、司法書士だけでなく税理士との連携が不可欠です。当事務所でも、税理士と連携しながらご提案するようにしています。
任意後見と家族信託、組み合わせることもあります
どちらか一方でなく、任意後見と家族信託を組み合わせて使うケースもあります。
たとえば、財産管理(不動産・預金)は家族信託で対応し、身の回りの生活支援・医療同意などは任意後見でカバーする、という設計です。それぞれの制度には得意・不得意がありますので、「どちらか」と決めつけずに、両方を視野に入れてご相談いただくことをおすすめします。
まずご自身の状況を確認してみてください
「うちの親は今どの段階にいるのか」「任意後見と家族信託、どちらが向いているのか」——これを整理するために、簡単な診断ツールをご用意しました。
いくつかの質問に答えるだけで、状況に応じた制度の方向性をご案内します。あくまでも目安ですが、ご相談の前の整理にお使いいただけます。
▶ 成年後見・任意後見・家族信託 どれが向いているかチェック
制度の選択は、判断能力の状態・財産の内容・ご家族の状況など、複合的な要素で決まります。「これかな」と思ったら、ぜひ一度ご相談ください。
