
「会社をつくったけれど、こんなはずではなかった」。
司法書士として1988年の開業以来、3,000社を超える会社の設立や登記に関わり、たくさんの経営者のご相談をお受けしてきました。そのなかで「法人化して後悔した」というお話は、決して珍しいものではありません。
最初に、はっきり申し上げておきたいことがあります。法人化を選んだご判断そのものは、間違いではありません。事業を前に進めようとした、立派な決断です。後悔しておられる方のお話をよく伺ってみると、あることに気づきます。後悔の多くは、判断の誤りではなく、「事前に知っていれば、準備できたこと」なのです。
法人化の手続きそのものは、それほど難しいものではありません。だからこそ気軽に始められて、後から「聞いていなかった」となりやすい——ただ、それだけのことです。
この記事では、よくお聞きする「法人化の後悔」を5つの視点から整理して、それぞれに「こうしておけば大丈夫」という備えのヒントを添えました。これから法人化を考えている方にも、すでに法人化して「こんなはずでは」と感じている方にも、次の一歩が見えるように書いています。
この記事は、こんな方に向けて書いています
- これから法人化を考えていて、失敗したくない方
- すでに法人化して、「こんなはずでは」と感じている方
後悔① お金のこと ──「持っているだけで、お金が出ていく」
会社をつくるには、法務局へ納める登録免許税や、株式会社の場合は定款認証の費用などがかかります。「そのくらいなら」と気軽に始められる方も多いのですが、本当にお金がかかるのは、実は設立した後です。会社を持っている限り、たとえ利益が出ていなくても、次のような費用がかかり続けます。
- 法人住民税の均等割——赤字でも、多くの自治体で年間7万円ほど納めます(これは名前のとおり、会社の住民税です。個人の住民税と同じように、そこに「いる」ことに対してかかるので、利益が出ていなくても納めるのです)
- 決算と税務申告——法人の決算は個人の確定申告より格段に複雑で、税理士への依頼が事実上必須です
- 社会保険料——社長ひとりの会社でも加入が義務です。会社と個人で折半といっても、ひとり会社ではどちらも自分の財布から出ていきます
また、見落とされがちですが、役員報酬は年俸制です。事業年度の途中で「今月は利益が出たから増やそう」ということは、原則としてできません。個人事業の自由さに慣れている方ほど、この窮屈さに驚かれます。
備えのヒント:これから法人化する方は、売上の見込みより先に、「利益ゼロでも出ていく年間の固定費」を紙に書き出してみてください。それでも法人にする理由(信用・取引先の要請・節税など)が残るなら、その法人化は正解です。すでに法人の方は、役員報酬と経費の定期的な見直しで、負担はかなり調整できます。
後悔② 管理のこと ──「登記と書類の義務が、ずっと続く」
これは司法書士だからこそ、お伝えしたい後悔です。
株式会社の役員には任期があります。最長でも10年。同じ人が続ける場合でも、任期が来るたびに「重任」の登記が必要で、忘れると代表者個人に過料が科されることがあります。さらに、最後の登記から12年放置すると、「会社が続いていない」とみなされて強制的に解散させられる(みなし解散)ことさえあります。「そんなこと知らなかった」では、すまされません。
そのほかにも、毎年の決算報告(株式会社は決算公告の義務もあります)、定款の内容を変えたときの議事録と変更手続き、役員の辞任・就任があれば2週間以内の登記——「一度つくったら、法律に沿って動かし続ける」のが会社という乗り物です。
備えのヒント:これは、覚えておく問題ではなく、仕組みの問題です。任期を決めたらカレンダーに登録する、司法書士に任期の見張りを任せる——忘れない仕組みさえ持てば、心配は要りません。そして、もし「うちはもう切れているかも」と思い当たった方も、大丈夫です。何年分たまっていても、今から手続きできます。
▶ 役員任期が切れていませんか?重任登記を忘れていたときの期限・過料と今からの手続き
後悔③ 人のこと ──「仲間と始めた会社ほど、こじれると出られない」
気の合う友人・知人どうしで会社を設立することは、よくあります。そして、途中で経営方針や意見の違いから「役員を辞めたい」という話が出てくることも、同じくらいよくあるのです。
ここに、意外と知られていない落とし穴があります。会社のかたちによっては、代わりの役員を入れるか定款を変えない限り、辞任しても登記ができず、役員として名前が残ったままになる場合があるのです。役員には法律上の責任が伴います。「名前だけ貸した」という言い訳は通用しません。
お金の面も同じです。半分ずつ出資して始めた会社は、意見が割れると過半数が取れず、何も決められなくなることがあります。そして、出資したお金は「返してほしい」と言われても、基本的にそのままの形では戻りません。お金を出してもらえば、口も出されます。
備えのヒント:これから共同で始める方は、仲の良いいまのうちにこそ、出資の割合と役員の構成を設計してからスタートしてください(仲が良いから決められるのです)。すでに始めている方は、決算報告をきちんと共有することが、関係を保ついちばんの手当てです。そして、もしすでにこじれかけていても、役員や出資の整理には法律上の手順がちゃんとあります。ひとりで悩まず、ご相談ください。
後悔④ 住所のこと ──「変更すればいいやと深く考えずにいたけれど、本店移転は案外費用がかかる」
会社の設立で案外つまずくのが、本店の住所です。
本店を移転すると、そのたびに登記が必要で、登録免許税は同じ法務局の管轄の中での移転なら3万円、管轄をまたぐ移転なら6万円かかります(これに司法書士報酬が加わります)。また、賃貸にお住まいの方は、賃貸借契約で法人の登記(事業利用)が認められていないことがありますので、登記の前に契約書を一度ご確認ください。
備えのヒント:「とりあえず自宅で登記して、軌道に乗ったら移す」という進め方自体は、悪くありません。移転の費用をはじめから予算に入れておく——それだけで、この後悔は「予定どおりの出費」に変わります。知っていれば、怖くないのです。
後悔⑤ 終わり方のこと ──「気軽に会社を作ってみたけれど、閉じるのは気軽ではなさそうだ」
そして、いちばん知られていないのがこれです。会社は、たたむときにも時間とお金がかかります。
解散の決議をしてから、債権者への公告などに2か月以上の期間を置き、清算の手続きを経て、ようやく清算結了——実際にお金を借りていなくても、この手順は省けません。費用の目安は、登録免許税が合計で4万1,000円、官報の公告費用が3万円台、これに司法書士報酬が加わります。期間は、どんなに早くても3か月ほどです。
「面倒だから放置しよう」は、答えになりません。放置してみなし解散になったとしても、清算が終わらない限り、会社名も役員の名前も登記簿に残り続けるのです。
備えのヒント:たたむ手続きは、重たく見えますが手順の決まった定型の仕事です。道筋と費用が最初からわかっていれば、怖いものではありません。均等割を払い続けるより、早く決断したほうが結局安くつく——そういう場合も多いのです。「どのくらいかかるか」だけ先に知っておく、という相談の仕方でも構いません。
これから法人化する方へ ── 後悔しないための3つの備え
ここまでの5つは、脅かすために書いたのではありません。全部、事前に知ってさえいれば備えられること——それをお見せしたかったのです。法人化には信用・節税・事業承継など、確かな利点もあります。大切なのは、入口で「知ったうえで選ぶ」ことです。
1. 数字は、専門家と試算してから。「売上がいくらになったら法人化が得か」は、事業の中身と家族構成で大きく変わります。ネットの目安を鵜呑みにせず、税理士に社会保険料まで含めた手取りの試算をしてもらってから決めてください。
2. 定款は、10年後の自分のために設計する。役員の任期を何年にするか、決算月をいつにするか、共同経営なら出資の割合をどうするか——設立のときの選択が、その後の手間・費用・もめごとを左右します。ここは、私たち司法書士の出番です。
3. 「やめるときの費用」も、先に知っておく。入口で出口を知っておくと、判断が落ち着きます。後悔⑤をもう一度読み返してみてください。
すでに後悔している方へ ── 残されている3つの選択肢
いま後悔の中にいる方に、まずお伝えしたいこと。あなたには、選択肢がちゃんとあります。どれを選んでも、前に進む道です。
選択肢1:続けながら、負担を軽くする
役員報酬や経費(家賃など)の見直し、必要なときに専門家へ相談する体制づくりで、続けながら固定費を軽くする道があります。ひとりで抱え込まないことが、いちばんの近道です。
選択肢2:休眠させる ── ただし「放置」とは違います
事業を止めて、税務署などに届出をして会社を眠らせる方法です。「いつか再開するかもしれない」場合の現実的な選択です。ただし、ひとつだけ大切な注意があります。休眠しても、会社は登記簿の上では生き続けており、役員任期と登記の義務は止まりません。休眠を選ぶなら、登記だけは続ける——ここさえ守れば、休眠は立派な選択肢です。
▶ みなし解散──法務局から通知が届いたら、すぐにやるべきこと
選択肢3:きちんと会社をたたむ(解散・清算)
もう再開の予定がないなら、解散と清算で、会社をきれいに終わらせることができます(流れと費用は後悔⑤のとおりです)。
そして、ここで大切なことを。会社をたたむことは、事業をやめることではありません。会社としてはやめて、個人事業主に戻るという決断もありえます。その場合には、解散・清算の手続きと並行して、税務署へ開業届を出せば、同じ仕事を個人として続けられます。均等割や社会保険の法人としての負担から解放されて、身軽になったと言われる方もいらっしゃいます。事業のかたちは、一度選んだら終わりではなく、事業の規模や人生の段階に合わせて選び直してよいものなのです。
まとめ ── 後悔は、判断が間違っていた証拠ではありません
法人化の手続きは、ご自分でもできるくらいに簡単です。ただ、始めた限りは法律に沿って進めていく必要があり、そのことを設立のときに教わる機会が、あまりにも少ない——後悔の正体は、たいていそれだけのことです。
これから法人化する方は、知ったうえで、あなたの事業に合ったかたちを。すでに後悔している方は、「続ける・眠らせる・たたむ・個人に戻る」の交通整理から。どの道を選んでも、それは前へ進む選択です。30分の無料相談で、会社の登記がいまどうなっているかの確認も含めて、ご一緒に考えます。全国からオンラインでのご相談も可能です。
翔栄法務司法書士事務所 TEL:03-5452-0885
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