
「父が、知らないうちに再婚していました」。
そのご相談をお受けしたとき、すでに入籍から時間が経っていました。お母様を亡くされたお父様が再婚され、ひとり娘であるご相談者がそれを知ったのは、しばらく後のことでした。
ひとり娘であれば、本来はお父様の財産をすべて相続することになります。ところが配偶者の方がいらっしゃると、その前提は根本から変わるのです。今回は、お父様がお元気なうちに手を打てたことで、何が守られたのかをご紹介します。
※お客様が特定されないよう、事実関係の一部を変更してご紹介しています。
再婚で、相続の姿はこう変わる
相続の場面で、配偶者は常に相続人になります。婚姻期間の長さは関係ありません。入籍していれば、1年でも1か月でも、法律上の配偶者です。
お子様がひとりで、配偶者がいらっしゃる場合、法定相続分は配偶者が2分の1、お子様が2分の1です。再婚がなければお子様がすべてを相続していたはずのものが、その半分になります。
「遺言書で娘にすべて渡す」と書いた場合でも、配偶者には遺留分という、最低限の取り分を求める権利が残ります。この場合、配偶者の遺留分は財産の4分の1です。つまり、遺言だけでは配偶者の権利をゼロにすることはできないのです。
これは制度としてそうなっている、というだけの話で、良い悪いではありません。ただ、ご家族が「知らないうちに」その状況に置かれることがある——ここが難しいところです。
ご相談時の状況:主な財産が収益物件だった
今回のお父様の主な財産は、賃料収入を生む不動産でした。ここに、もうひとつの問題があります。
不動産は、預貯金のように簡単に分けられません。相続人どうしで話がまとまらなければ、共有のまま塩漬けになるか、売却して分けるしかなくなります。共有になれば、修繕も建て替えも売却も、全員の同意が必要です。今後何十年と、顔を合わせて話し合いを続けることになります。
ご相談者が最も避けたかったのは、まさにこの状態でした。金額の問題以上に、「よく知らない相手と、不動産を共有し続ける」ことへの不安です。この感覚は、実務でも非常によくうかがいます。
選んだ道:お父様がお元気なうちに、適正な価格で買い取る
お父様とご相談者の話し合いの結果、収益物件を、ご相談者とそのご主人が適正な価格で買い取るという方法を選ばれました。贈与ではなく、売買です。名義はお父様からご夫妻へ移り、賃料収入もご夫妻のものになりました。
この方法には、いくつかの意味があります。
ひとつは、不動産が相続財産から外れること。将来の遺産分割の対象になりませんから、共有をめぐる話し合いそのものが発生しません。
もうひとつは、お父様の手元に、売買代金というかたちで資産が残ること。ご自身の生活資金になりますし、財産の性質が「分けにくい不動産」から「分けやすいお金」に変わります。
そして何より、お父様ご自身が、判断できるうちに、納得して決められたことです。ここが最も大切な点だと考えています。
ただし、注意すべきこともあります
この方法は誰にでも当てはまるものではありません。実行の前に、必ず確認しておくべきことがあります。
適正な価格であること。相場からかけ離れた安い価格で売れば、実質的な贈与とみなされ、贈与税の問題や、将来の遺留分の計算に影響が及ぶことがあります。価格の根拠は残しておく必要があります。
買い取る資金が必要であること。今回はご夫妻が資金を用意できました。ここが用意できなければ、この選択肢は取れません。
税金や費用がかかること。売主であるお父様には譲渡所得税が、買主であるご夫妻には不動産取得税や登録免許税がかかります。実行前に税理士と試算しておくことが欠かせません。
その後:相続が発生して
その後、お父様は施設に入られ、やがてお亡くなりになりました。相続の手続きでは、配偶者の方から法律上の権利を主張され、金融資産についてはおおむね法定相続分どおりに分けることになりました。
ご相談者は、こうおっしゃいました。「あのとき買い取っていなければ、不動産をめぐって、どれだけ長く揉めていたか分かりません」。
金融資産の分割は、法律に沿った当然の結果です。争われたわけでもありません。もし収益物件が相続財産のままだったら——共有か、売却か、代償金をどう払うか。話し合いは何年にも及んだ可能性があります。その分岐点は、お父様がお元気だった数年前にありました。
もうひとつの怖さ ── 財産ではなく、暮らしの決定権
この事例で、ご相談者がいちばんこたえたとおっしゃったのは、財産のことではありませんでした。
ある日、お父様が施設に入られていたことを、後から知ったのです。まだお元気だと思っていた矢先のことでした。
法律上、配偶者に当然の代理権があるわけではありません。それでも実際には、施設も病院も、日々の連絡先として配偶者を窓口とします。結果として、実のお子様であっても、親がどこでどう暮らしているのかを知る手立てがなくなることがあるのです。
財産は、時間をかければ取り戻せることもあります。しかし、親の晩年に立ち会えなかった時間は戻りません。相続の対策というと財産の話になりがちですが、「情報が届く関係を保っておくこと」も、同じくらい大切な備えだと考えています。
そのための方法もあります。お父様がお元気なうちに任意後見契約や見守り契約を結んでおけば、判断能力が下がったときに、契約したお子様が正式な立場で関わることができます。施設の入所や財産の管理について、蚊帳の外に置かれることがなくなるのです。
この事例からお伝えしたいこと
お伝えしたいのは、「配偶者に渡さない方法がある」ということではありません。配偶者の権利は法律で保障されたもので、それ自体は動かせませんし、動かすべきでもありません。
お伝えしたいのは、ご家族の状況が変われば、相続の姿も変わる。そして変わったことに気づいた時点で、できる対策があるということです。
親の再婚に限りません。お子様のいないご夫婦、疎遠なご兄弟、認知症の相続人——「うちは大丈夫」と思っていた前提は、案外あっさり変わります。そして対策のほとんどは、ご本人に判断能力があるうちにしか実行できません。
今回のお父様は、ご自身で考え、ご自身で決められました。それが、いちばん良かったことだと思っています。
同じお悩みをお持ちの方へ
次のような状況に心当たりはありませんか。
- 親が再婚した(または、再婚を考えているようだ)
- 主な財産が不動産で、分けにくい
- 相続人どうしの関係が薄く、話し合いになりそうにない
取れる方法は、生前の売買だけではありません。遺言書、生前贈与、家族信託、生命保険の活用、そして任意後見契約や見守り契約——ご家族の状況とご資金によって、適した組み合わせは変わります。大切なのは、ご本人が元気なうちに、選択肢を知っておくことです。
まずはご自身の相続人が誰になるのかを確認したい方は、無料のツールをご利用ください。
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