
ご両親を見送り、連れ合いもお子さんもいらっしゃらない。そんな方の身のまわりを、毎日こまやかにお世話なさっている方がいらっしゃいます。お食事のこと、お薬のこと、通院の付き添い。頭が下がるような献身を、ずっと続けていらっしゃる。けれど、ふとした折に、こんな心配がよぎります。「このままで、この財産は、本当にこの人に遺せるのかしら」と。
結論から申し上げます。何も書き遺さなければ、日々お世話をしてくださった方の手には、財産は届かないことが少なくありません。けれど、遺言書を一通のこしておくだけで、その流れは大きく変わります。そして、この準備ができるのは、ご本人だけです。お元気なうちにこそできる――いわば、配偶者もお子さんもいらっしゃらない方にとって、いちばん大切な「相続対策」です。今日は、その仕組みと、「お世話になった人へ遺す」ためにいまできることを、順を追ってお話しします。
お子さんがいらっしゃらなくても、配偶者(夫・妻)がいらっしゃる場合は、配偶者が必ず相続人になり、財産の多くを配偶者が引き継ぎます。「子はいないけれど、夫(妻)に遺せばよい」という方は、ここでお話しする心配はあまりありません。ここでお伝えするのは、配偶者もお子さんもいらっしゃらない方の相続です。この場合だけ、財産の行き先が、思いがけない方向へ向かうことがあるのです。
目次
子も配偶者もいない方が亡くなると、だれが受け継ぐのか
まず、法律の決めている順番を確認しましょう。相続人になれる方には、決まった順位があります。
お子さんがいらっしゃれば、まずお子さんが相続人になります。お子さんがいらっしゃらない場合は、ご両親や祖父母などの直系尊属が相続人になります。直系尊属もすでに亡くなっている場合に、はじめてご兄弟姉妹が相続人になります。そして、そのご兄弟姉妹がすでに亡くなっているときは、その子である甥や姪が代わりに受け継ぎます(これを代襲相続といいます)。
ご高齢でおひとりの方の場合、ご両親はすでにお見送りになっていることがほとんどです。そうしますと、相続人は、ご兄弟姉妹――あるいは、すでに亡くなったご兄弟姉妹に代わって、その甥や姪、ということになります。
疎遠の甥・姪へ。お世話をした人には、届かない
ここに、見落とされがちな落とし穴があります。その甥や姪のかたがたが、長く疎遠であっても、もう何年もお会いになっていなくても、法律のうえでは、れっきとした相続人なのです。ふだんのお付き合いがあるかどうかは、関係がありません。
ですから、何も遺言書がなければ、財産は、疎遠の甥姪のかたがたへと分かれていきます。毎日身を粉にしてお世話をなさった方が、もしその相続の輪の外にいらっしゃるなら、感謝の気持ちはあっても、財産という形では、何も届かないのです。たとえお世話をなさった方がご親族で相続人のおひとりであっても、受け取れるのは法律で決まった分だけ。献身の重さが、そこに反映されるわけではありません。
遺言書があれば、「お世話になった人へ」と託せる
そこで力を発揮するのが、遺言書です。遺言書に「この財産は、お世話になったこの人へ」と書いておけば、ご自分の意思で、はっきりと託すことができます。相続人ではない方――たとえば内縁の方や、遠いご親族、お世話になった知人――へ遺すこともできます。
しかも、お子さんやご両親がいらっしゃらない方の場合、心強い事情があります。ご兄弟姉妹や甥姪のかたがたには、遺留分(いりゅうぶん/最低限受け取れる取り分)がありません。ですから、「全財産を、お世話になったこの人へ」という遺言も、後から取り分を請求される心配なく、そのまま実現できるのです。
確実に遺したいなら、公証役場で作る公正証書遺言をおすすめしています。
- 公証人が関与するため、形式の不備で無効になる心配がほとんどありません。
- 原本が公証役場に保管され、紛失や書き換えの心配がありません。
- 亡くなった後の家庭裁判所の検認手続きが要りません。
なお、相続人ではない方へ遺す場合は「遺贈」という形になります。手続きをなめらかに進めるために、遺言執行者を決めておくと安心です。
遺言がないときの「特別寄与料」。でも――
「遺言がなくても、お世話をした人が報われる制度はないのですか」と、よくお尋ねをいただきます。実は、特別寄与料という制度があります。相続人ではないご親族が、無償で療養看護などに努め、その方の財産を守った・増やしたと認められる場合に、相続人に対してお金を請求できる、という仕組みです。
けれど、これは誰でも使えるわけではありません。対象は一定の範囲のご親族に限られ、内縁の方やご友人は含まれません。請求にも期限があり、金額がまとまらなければ、家庭裁判所での話し合いになることもあります。
さらに、認められる金額にも、思いのほか限りがあります。目安とされるのは、多くの場合、専門の介護職の方の日当ほど。そこから事情に応じて割り引かれることもあり、ご本人が望むだけの額が、満額そのまま認められるとは限りません。しかも、支払いはあくまで故人がのこした財産の中からですので、長年の献身に見合うだけのものが、そっくり手元に届くわけではないのです。
せっかくの献身が、最後に争いの種になってしまうのは、あまりに忍びないことです。その点、遺言書が一通あれば、こうした心配はいりません。特別寄与料のような決まった枠にとらわれることなく、ご自分の財産の中から、お世話になったその方へ、渡したいと思うだけ遺すことができます。遺言は、いちばん確かで、いちばん穏やかな方法なのです。
「お世話になっているからね」を、かたちにのこす
遺言書というと、争いを避けるための、少し冷たい書類のように思われがちです。けれど、私はそうは思いません。遺言書は、「あなたには、お世話になっているからね」という、あのあたたかいひとことを、確かなかたちにしてのこせる道具です。
「お世話になっているからね」
口では何度も伝えていても、それだけでは財産は動きません。その気持ちを、最後にきちんと届くかたちにできるのが、遺言書なのです。お元気で、ご自分の意思をはっきりお持ちのうちに。それが、遺言書を書く、いちばんよい時機です。
「うちの場合はどうなるの」「どう書けばいいの」――そんな段階からのご相談を、お受けしています。お話をうかがいながら、いちばん安心な遺し方を、ご一緒に考えます。
