『そのうち』では間に合わない——わたしが見届けた、とある遺言者の話

山内扶美子
監修者 山内扶美子

わたしには、子どもがいません。結婚もしませんでした。両親はすでに見送り、身内といえば、姉と、亡くなった姉が遺した甥と姪です。

財産は、預貯金と、いくらかの株、それに自宅。多くはありませんが、ないわけでもありません。

そして、わたしには、長年連れ添ってきたパートナーがいます。血のつながりはないけれど、日々そばで支えてくれる、何人かの人もいます。

法律のとおりだと、わたしの願いはかなわない

もしわたしが何もせずに亡くなったら、財産は法律にしたがって、姉と、甥と姪に渡ります。

正直に申し上げると、甥や姪からは、相続を当てにされているような気配を感じることがあります。それが、少しつらい。

世話になっているわけではないのです。日々、わたしを気にかけ、手を貸してくれているのは、そばにいてくれるあの人たちのほうなのに。

——お世話になった、あの人たちにこそ、お礼として遺したい。それが、わたしの正直な気持ちです。

大きな病気をして、急に現実になった

長いあいだ、「そのうち考えよう」と先延ばしにしていました。

けれど先日、大きな病気がみつかり、手術を受けることになりました。手術を前にして、ふと、現実が迫ってきたのです。

もし、このまま目を覚まさなかったら。わたしの財産は、どうなるのだろう。

——願いとはまるで違う形で、法律のとおりに分けられてしまう。そう気づいて、いてもたってもいられなくなりました。

「自筆でいいかな」と思っていたのですが

気持ちが変わるかもしれない。だから、いつでも書き直せる自筆の遺言書がいいだろう。そう考えて、司法書士に相談してみました。

すると、こう言われたのです。「自筆証書遺言でよしとするなら、その遺言は実現されないまま、法定相続される——その覚悟もしておいたほうがいいですよ」と。

意外でした。せっかく書いても、かなわないことがある、というのです。

そして、こうも教わりました。「あなたの場合、ご兄弟には遺留分——どうしても渡さなければならない取り分——がありません。つまり、思いどおりに遺せる、数少ないケースなのです。だからこそ、確実な方法をおすすめします」と。

思いどおりにできるはずなのに、方法を誤れば、かなわない。それを聞いて、わたしは真剣に考え始めました。

自筆で遺したら、どうなるだろう

司法書士の話を聞きながら、わたしは、自分が亡くなったあとのことを、いくつも思い描いてみました。

ひとつ。身内は、遺言書があるとも思わず、法律どおりに分けてしまう。

ふたつ。遺言書があると知ってはいても、家じゅうを探すのは大変で、見つからないまま、法定相続が進んでしまう。

みっつ。見つけてはくれたけれど、自筆の遺言書は、まず家庭裁判所で「検認」という手続きをしないと使えない。その手続きが面倒で時間もかかりそうだからと、放っておかれてしまう。

よっつ。知り合いに預けておいたけれど、わたしが亡くなったことが伝わるのが遅く、気づいたときには、もう法定相続の手続きが終わっていた。今さら裁判をするのも気が引けて、遺言書は、出番のないまま終わる。

——どの場面も、わたしには、とても納得できませんでした。

だから、公正証書遺言にしようと決めました

考えた末に、わたしは公正証書遺言を選ぶことにしました。

公正証書遺言は、公証人が内容を確かめながら作ってくれるので、無効になりにくい。原本は公証役場で保管されるので、なくなる心配も、書き換えられる心配もありません。家庭裁判所の検認もいりません。そして何より、受け取る人の手間と時間を、いちばんかけずにすみます。

わたしが亡くなったあと、お世話になったあの人たちが、迷わず、もめず、すみやかに受け取れる。それが、いちばんの安心でした。

「これで、あの人たちに遺せる」。そう思うと、ようやく、肩の荷が下りた気がしました。

——ここからは、司法書士からのお話です

ここまでが、ある方が公正証書遺言を選ぼうと決めるまでの、お気持ちのお話です。

けれど、本当のことを、お伝えしなければなりません。

その方は、公正証書遺言を作ろうと、心を決めておられました。「これで、お世話になったあの人たちに遺せる」と。——けれど、間に合わなかったのです。

決意してから、公正証書遺言ができあがるまでには、必要な書類をそろえ、公証人と打ち合わせをし、日を改めて作成する、という段取りがあります。その途中で、その方は逝かれました。

遺言書は、ありませんでした。ですから、財産は法律のとおりに分けられました。あれほど「お世話になったあの人たちに」と願っておられたのに、その願いは、形になることなく終わったのです。

司法書士として、これほど悔しいことはありません。

「そのうち」では、間に合わないことがあります

あの方は、決して怠けていたわけではありません。ちゃんと考え、ちゃんと決めておられた。ただ、「そのうち」と思っているうちに、時間のほうが先に来てしまった。それだけのことなのです。

そして、それは、誰にでも起こり得ます。

遺言書は、元気なうち、気持ちが動いたそのときにしか、作れません。体調を崩してから、急いで——では、間に合わないことがあるのです。あの方が、それを、身をもって教えてくださいました。

だからこそ、お願いがあります。「遺したい人がいる」「法律のとおりでは困る」。そう少しでも思われたら、どうか、先延ばしにしないでください。思い立った、その時に。

それが、あの方が遺してくださった、いちばん大切な教えだと、わたしは思っています。

「遺したい人がいる」「法律のとおりでは困る」。そう思われたら、どうか今日、その一歩を。思い立ったときが、いちばん早いのです。間に合ううちに、確かな形にしておきましょう。一緒に考えます。

三つの遺言を、くらべてみると

遺言書には、大きく三つの形があります。それぞれの特徴を、表にまとめました。

 公正証書遺言法務局の保管制度自筆証書(自宅保管)
内容の確かさ(有効に実現するか)不明不明
手軽さ(すぐ書ける)
紛失・改ざんの心配なしなしあり
家庭裁判所の検認不要不要必要
遺されたご家族の手間少ないそれなりにある大きい

「思いどおりに、確実に遺したい」「遺された人の手間を、できるだけ少なくしたい」。そう願う方には、公正証書遺言がいちばん向いています。

あなたの「遺したい」を、確かな形に

「法律のとおりではなく、自分の思うとおりに遺したい」。そう思われたら、どうぞ一度ご相談ください。あなたの願いが、いちばん確かに、そして間に合ううちにかなう方法を、一緒に考えます。

遺言書はどれを選ぶ?司法書士がすすめるのは公正証書遺言

※この記事は、相続のご相談で出会った実際の出来事をもとに、ご本人と特定されないよう、人物や状況を変えて再構成したものです。

山内扶美子

執筆者
山内扶美子 / 司法書士

37年の実績と経験であなたを扶(たす)けます。
得意なことは、『相続のご相談』『成年後見』『会社設立登記』です。翔栄法務司法書士事務所は、下北沢、代々木上原、笹塚、世田谷区、渋谷区の相続・成年後見・会社設立のサポートを中心に活動してまいりました。いまでは、全国対応のオンライン相談も積極的に受けております。

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